非合理が広げる可能性。
産業機械の作り手に宿る信念
Episode
♯語り手
代表取締役社長 辰巳 芳丈(たつみ よしたけ)
資材部 森井 啓太(もりい けいた)
自動車や冷蔵庫など、一つの機械製品を作るためにはさまざまな機械設備が必要だ。つまり、工場の中で使う機械を作る仕事も世の中にはある。そんな「工場のための工場」である株式会社ユタニ(以下、ユタニ)は、工場で使う機械を作る立場から日本というスケールでものづくりを豊かで面白くするために日々奮闘する。
工場の設備も、どこかの誰かが作っている
一般的に、工場で一つの製品を完成させるためにはいくつもの工程(製造ライン)が必要となる。自動車の製造で例えると、車体のフレームを作るライン、エンジンを作るラインなど、工程の数だけラインが必要となる。そして、一つの製造ラインですら素材を切る機械、穴を開ける機械など、必要な作業を自動化するための「産業機械」をいくつも組み合わせて完成させる。つまり、製造ラインとは「さまざまな作業を自動化する産業機械の集合体」。ユタニは、工場の製造ラインの中で使われるそんな産業機械を作る会社だ。
数ある産業機械メーカーの中で、ユタニが得意とするのは「コイルラインシステム」と言われる分野。鉄の板を薄くのばしてロール状に巻いた「コイル」と呼ばれる素材を、作るものに合わせて加工する。
それ以外にも、ユタニではお客さんの要望に合わせて様々な種類の産業機械を作る。一つの製造ラインには、ユタニをはじめ多数のメーカーの産業機械が混在することも珍しくない。こうした話を聞いていると、私たちの生活がどれだけ多くのものづくりの担い手に支えられているかを実感する。
ユタニが作る機械は、全てオーダーメイド。機械の構造を設計する部署、電気回路を設計する部署、設計内容に適した資材を調達する部署、出来上がった機械のパーツを組み立てる部署など、異なる知識と技術を持つスタッフたちの連携プレーによってワンストップで商品が生み出される。
取引先となるお客さんは、自動車メーカー、冷蔵庫メーカー、エアコンメーカーなど様々だ。中にはチェコやスコットランドなど海外の企業もいて、世界レベルでお客さんの要求に応えられる力を持つことがわかる。「工場の中に同じ機械が並ぶことはほとんどありません」と、辰巳社長。オーダーメイドの産業機械メーカーならではの風景だ。
90点のその先を目指す
ユタニの仕事は、機械を納品してからが長い。メンテナンスや修理など、納品後のアフターサービスも大切な仕事の一つだからだ。経年劣化やユーザーの使い方などが原因でメンテナンスが必要になることもあるが、作り手側の問題で機械に綻びが出る場合もある。
「ボルトの締め方が少しでも甘いと、1、2年後にそのボルトは必ず緩んで落ちます。反対に、そうした細部の作業まで丁寧に行えば、20年、30年と長く使い続けられる機械になる。機械は必ず応えてくれるんです」
不便なく使える良い品質のものばかりに触れていると、機械が正しく動くことが当たり前と思いがちだが、それは作り手たちの高い技術と丁寧な仕事があってこそ。無機質で頑丈そうに見える機械も、職人の手仕事から生まれる工芸品のような繊細さの上に成り立っている。ハッとさせられた瞬間だった。
辰巳社長は、「マニュアルでできるのは、90点の機械を作るところまで。残りの10点を埋める仕事はマニュアル化できません。そこをどれだけ埋められるかで、お客さんから選ばれるかどうかが決まると思います」とも話す。
お客さんの期待を越えるためには、カタログを用意して型にハマったものを提供するような仕事ではなく、「より良くしたい」という貪欲な姿勢と柔軟な対応力が求められるということだ。残りの10点を埋める姿勢はあらゆる仕事において大切なことだが、実践を続けるのは難しい。
そんなことを考えていると、「簡単にいかないところがものづくりの面白さです」と森井さん。昔から工作や機械いじりが好きだった森井さんは、ものづくりの現場で働きたくてユタニに転職したという。
「何か失敗する時には必ず理由があります。失敗した経験を糧にして、知識と技術を蓄積し、仕事に還元していく。そんなプロセスも含めて、ものづくりは楽しいです」
残りの10点を追い求め続けていると、ユタニには発注の何年も前から相談がくるようになった。なんと、お客さんが工場のための土地を探している段階から声がかかることもあるという。ただ、ユタニの80年以上に渡る会社の歴史では、土地を探す段階からの相談はおろか、話がくるのは決まって最後という時代もあった。
「求められる仕事のクオリティは年々上がっています。それだけ信頼してもらっているということなので、良い意味でのプレッシャーですね」
そう話す辰巳社長の笑顔の中には、会社がこれまで繋いできたバトンを受け取り、また新たな歴史を作っていく覚悟と熱意を感じた。
非合理が生み出す価値を信じて
良いものづくりをするためには、良い職場環境が欠かせない。さまざまな部署のスタッフが力を合わせて一つの機械を作りあげるユタニでは、社内のコミュニケーションをとても大切にする。時間をかけてでも、仕事上の違和感を共有したり、製品をより良くするための議論をしたりと、一見すると回り道に見えることも疎かにしないよう意識しているという。
「効率やスピードだけを重視していても、良いものづくりはできません。非合理なことにも挑戦していきたいんです」と辰巳社長の言葉にも熱がこもる。
かつて、生産コストを下げるために同じ機械をたくさん作って販売する事業の方向性について議論をしたことがあった。ただ、ユタニはその道には進まず、時間がかかってもお客さんの要望に合わせたオーダーメイドで仕事をする道を選んだ。
「カタログ化された製品をたくさん作って売る方が確かに効率的ですし、その方が良いとされる風潮も肌で感じています。しかし、『うちはこれしかできません』とすぐにラインを引いていては、新しいチャレンジをしたいお客さんの可能性をどんどん狭めてしまう。ちょっと手を伸ばせばできることに僕たち産業機械メーカーも挑戦していくことで、お客さんもできることが広がり、ひいては日本全体のものづくりがより豊かになるんじゃないかと思うんです」
そう話す辰巳社長の視点は、もはやユタニという会社単位の話ではない。その目線の先には、会社を超えて、大阪から日本、そしてその先に広がっているものづくりの世界が映し出されていた。