一歩先んじる視点で
金型とものづくりの未来をかたどる
Episode
語り手
代表取締役社長 内田 祥嗣(うちだ よしつぐ)
技術課 薮内 慶太(やぶうち けいた)
現代の暮らしに欠かせない自動車の部品は、低燃費で効率よく走るための軽さと、衝突から人を守るための頑丈さの両方が求められる。そんな部品を設計するには、緻密な計算と何回にもわたる調整が必要だ。株式会社ウチダ(以下、ウチダ)が追求するのは、そんなわがままを叶える金型づくり。「一歩先んじよ」という会社に息づいた文化が、彼らの技術力を育んだ。
車の丈夫さは金型から決まる
工場の中にある大きな機械を指さし、ニコッと笑う技術士の薮内さん。ウチダが作っているのは、自動車の部品を作る金型だ。部品に使用する素材を金型に挟んでプレスすることで、車の骨格部分にあたるフレームなどの部品を作っている。そして、一つの部品を作るには複数の金型が必要だ。技術士が3D CADと呼ばれるツールで設計し、技能士が実際の金型を組み立て、実践と調整を繰り返し、約1年という時間をかけて金型を完成させる。それが車一台分の部品となると、どれほど大変なのだろうか。自動車メーカーがデザインした理想の車も、地道な改善なくしては形にならないのだ。
車の部品に求められるのは、燃料消費を抑えるために軽いこと、そして衝突から人を守るために頑丈であること。アルミ鍋と鉄フライパンを想像してほしい。それぞれを強い力でコンクリートに打ち付けた場合、簡単に曲がるのはやはり重量が軽いアルミだろう。この例からは、軽さと頑丈さは共存できないもののように想像される。しかし、その2つの要求を叶える夢のような素材があるという。それは、高張力鋼板(こうちょうりょくこうばん)という素材。「超ハイテンション材」(以下、超ハイテン材)とも呼ばれ、一言で表すならば「とてつもなく硬い鉄の板」だ。超ハイテン材は、その硬さゆえに強くて伸びにくいことから、金型で押すと割れてしまったり、金属の反発が起こって思うように形がつかなかったりと、加工が困難な代物だ。ウチダはこの素材を加工できる金型づくりを世界で初めて成功させ、複雑な凹凸や湾曲を実現する技術において、世界トップクラスの実力を誇っている。
難易度の高い超ハイテン材を加工する金型の設計には、高い精度が求められる。「金型を支える土台の柱の基本幅は30ミリメートル。中には40ミリメートルのものもあります。この大きさ一つひとつには、必ず意味があるんです」と、薮内さんはメジャーを片手に説明してくれた。きれいなカーブをつけたり金属の反発を抑えたりするために、超ハイテン材に直接触れる金型本体はもちろん、土台となる柱一つをとっても計算しつくされた設計となっていた。
勝因は、時代の潮目をよんだこと
ズシンと響く振動を体で感じながら、整然と並ぶ機械の間を抜けて工場を奥に進むと、ひときわ大きな機械が目に飛び込んでくる。1600トンの重さで圧力をかけて、鉄を曲げたり、型を抜いたりすることができるプレス機だ。超ハイテン材の加工では、この大迫力の機械が要になるという。
この巨大な機械の裏側には、ウチダの会社そのものを象徴するエピソードがある。「1991年にバブルが弾けて、その翌年にこの工場を建てました。当時は自動車のモデルチェンジが少なく、金型の仕事も極端に減っていたので、最悪の経済環境でしたね」と、内田社長は当時を振り返る。
そんな中、キーマンとなったのは取締役統括部長の大原さん。当時、自動車業界では生産拠点やマーケット開拓を目的としたアジアへの進出ラッシュがあった。アジアの現場を直接見に行って時代の変化を肌で感じた大原さんは、「最新鋭の機械を設置するためにはもっと大きな社屋を作らなければ」と強く思ったという。
新たな社屋を建てることを決めたその直後、バブル崩壊は訪れた。このままでは会社が半年もつかどうかという苦しい経営状況の中、アメリカへの日本車の輸出事業が急拡大する時代が到来。社屋を新しくし、より強力な設備で最新技術を追求できる製造環境を先んじて整えていたことが勝因となり、ウチダはその波に勢いよく乗ったのだ。
「社屋を建てた時に設備投資した800トンのプレス機は、当時の業界ではありえない大きさだったんです。しかし、早いうちから社屋を拡張していたおかげで、2001年には超ハイテン材の加工に欠かせない1600トンのプレス機も導入できました。そうした設備がこれからの時代は必要になるということを、大原がお客さんとの会話の中で掴んできてくれたおかげで先行投資ができ、会社の今に繋がっています」
さまざまな情報を自らの足で集め、時代の流れを予測し、「一歩先んじる」。製造現場を力強く支える1600トンのプレス機は、お客さんの希望に真摯に向き合うウチダのものづくりの姿勢そのものを表しているのだ。
新たな世代、また一歩先を臨む
新しい設備を投資して時代を築いた第一世代。超ハイテン材を採用し、世界初の技術を確立させた第二世代。そして、会社のこれからを作る第三世代の若手たちも、また次の未来をまっすぐ見つめている。
金型の設計に携わること約10年、会社の第三世代を担う一人でもある薮内さんは、「日本のものづくりの価値観は過去に培ってきたノウハウを大事にしすぎるがゆえに、新しいテクノロジーに乗り遅れていると感じます」と言う。
世界では、二次元から三次元での設計へとテクノロジーの移行が完了しており、AIを用いた設計技術が登場するなど、業界の変化は激しい。
「現代は、1、2年前にはなかった技術や製品がどんどん生まれてくるような変化の激しい時代です。過去に固執していては時代の流れに乗り遅れ、いずれそのツケが必ずまわってきます。新しい技術や考え方を受け入れ、変化を恐れずにいたいですね」
そう語る薮内さんは、口調こそ穏やかでありながら、仕事への熱い想いを胸に会社や業界の未来を見つめている。バブル崩壊前に社屋の新設や大きな設備投資に取り組んだ先代のように、ウチダのこれからを形作っていく第三世代にも「一歩先んじる」文化は確かに受け継がれている。ウチダの手掛ける金型は、日本のものづくりの未来をもかたどっていくのだろう。