その熱は、工場からまちへ
炉と守り人の話
Episode
♯語り手
・代表取締役社長 横尾 臣則(よこお しげのり)
・経営企画室室長 村井 仁(むらい ひとし)
ネジやボルトなど、あらゆる鉄製の部品に欠かせない熱処理加工という仕事がある。それは、見た目だけではわからない、鉄の内側の強度に向き合う仕事。株式会社 松徳工業所(以下、松徳工業所)で働くのは、いくつものチャレンジを重ね、失敗を失敗で終わらせない炉の守り人たちだった。
工場の「熱」は、24時間落とせない
日本刀の刃の部分を、火で焼いている様子を見たことはあるだろうか。松徳工業所が専門とするのは、そんな「熱処理加工」とよばれる仕事だ。鉄を加熱したり冷却したりすることで、ネジやボルトなどの鉄製部品の強度を変えていく。さまざまな取引先から部品をあずかり、金属を硬くする「焼き入れ」や、反対に柔らかくする「焼きなまし」など、求められる強度に合わせて金属を加工する。こうした技術は、「熱処理技能士」という国家資格にもなっている。
工場にある熱処理用の設備は、大型連休を除き、基本的には24時間稼働し続けているという。数多くある熱処理の設備の中でも圧倒的な存在感を示すのが、「真空炉(しんくうろ)」。その見た目はまるで大きな機関車のようだ。真空状態にされた窯の中で熱処理をするため煙が出ず、CO2の排出を少なく抑えられるという特徴を持つ。
設備の中には、数億というお金をかけてカスタマイズしているものもある。「億単位の機械を物怖じせず投入できるなんてびっくりですよね」と、これには社員である村井さんも驚きを隠せない。「カスタマイズが原因で、使い始めたらトラブルばっかりなんてこともあります。だけど、冒険しないと作れるものの幅が広がらないんですよね」と、横尾社長は軽やかに話す。社長の肝の座り方にはこちらも面食らうが、より良いものを作るためのトラブルは失敗ではなく、前に進むために必要なことと捉えているのだと感じる。
工場の中には検査室もあり、中を見せてもらうと顕微鏡のような見た目の器具を使って出荷前の部品が一つひとつ検査されていた。一般的に、熱処理加工業者は加工した部品の中から数個だけを取り出して品質を検査する「抜き取り検査」を行うが、松徳工業所は扱う部品がそれぞれ異なるため、検査を機械で自動化できない。そこで、部品の運搬など機械に任せられる工程に設備投資をすることで、その分人の手でやるべき工程に集中できるように工場が作られている。大きな機械が激しく動いている工場のイメージとは打って変わって、そこには人の丁寧さと繊細さが欠かせない仕事があった。
嘘がバレない仕事だから
鉄の硬さや柔らかさは、見た目ではわからない。つまり、ミスや嘘がすぐにはバレないのだ。だからこそ、松徳工業所では何かあった時に正直に伝えることを大切にしているという。「人間なんで、そりゃあミスもします。大事なのは、そのことをちゃんと正直に伝えられるかです」と横尾社長。こちらの背筋も伸びるようなお話だ。
そんな松徳工業所の仕事への姿勢は、お客さんと歩んできた歴史の中で育まれてきた。「昔はいろいろと失敗もしてきたんですよ」と、横尾社長が過去を振り返る。売上を追求し、なるべく短時間でたくさんの部品を納品しようとしていた時代には、品質の良くないものが混ざってしまうこともあった。するとある時、取引先の会社が松徳工業所から納品された部品の再検査をするように。松徳工業所が部品の検査までを請け負っているにも関わらず、だ。
「取引先だけでなく、取引先のその先にいるお客さんのところまで行って部品の選別作業をしたり、時には夜中まで一緒に作業をしたりして。これじゃだめだと思いました。『しゃあないやっちゃなあ』と言われながらも現在まで取引が続いているのは、失敗した時にちゃんと向き合い方を改められたからだと思います。お客さんには迷惑かけましたし、たくさん勉強させてもらいました」
柔らかい横尾社長の表情の奥には、いくつもの壁を乗り越えてきた芯の強さを感じる。現在、松徳工業所と取引がある会社は付き合いの長い会社ばかり。その数は、全体の約3分の2にあたる。約50年の会社の歴史を経て、挑戦と失敗を繰り返す松徳工業所の社風がそこには息づいていた。
50歳二人、意気投合する
さぞ、社歴が長いだろうと思っていた経営企画室の村井さんは、約1年前の50歳の時に松徳工業所に転職。以前は、奈良県内の市役所に勤める行政職員だった。松徳工業所は奈良県内にも工場をもつ関係で、横尾社長が市役所職員であった村井さんに人材紹介の相談を持ちかけたのが二人の出会いらしい。
何度か相談を繰り返すうちに横尾社長は村井さんの好奇心旺盛なところにビビッときたという。会社の事業や活動の幅を広げていきたい時期でもあったため、行政職員でありながら公私問わず色々なことに果敢にチャレンジしている村井さんは仲間に迎えたい人材だった。一方、村井さんにも直感的に松徳工業所には合うものを感じていた。
「社長といろいろとお話しするうちに、年齢も出身大学も同じだったり何かと共通点も多く意気投合しました。仕事内容も面白そうなので、転職を決めましたね」
ものづくりの世界に触れてこなかった村井さんにとって、工場の中は驚きと発見の連続。
「熱処理をしないとネジ一つ使い物にならないことを、僕は50歳になるまで知らなかった。工場の人たちは『僕らの仕事なんて誰も興味ないでしょう』って言うけど、世の中になくてはならない仕事だから、もっと自信を持ってほしいと感じます」
そう生き生きと話す村井さんの眼差しからは、工場の人たちのものづくりにかける熱意を地域にもっと伝えていきたい想いを感じた。
松徳工業所では、工場から出た排熱の活用やCO2の排出を抑えられる熱源の開拓など、本業である熱処理加工をベースにした新たな取り組みも進めている。なかには、工場から出た排熱を使って近隣の畑の農耕状態を改善するという展望も。以前は行政の立場からまちづくりに取り組んでいた村井さんは「これからはまちの事業者として地域の課題解決にも貢献していきたい」と続ける。松徳工業所の炉の守り人たちの熱は、工場からまちの中へじわじわと広がっていきそうだ。