当たり前の仕事にプライドを
真っ白な生地で紡ぐ伝統産業
Episode
♯語り手
・ 代表取締役社長 角野 孝二(かどの こうじ)
・ 営業部 部長 南村 健一郎(みなみむら けんいちろう)
「和晒(わざらし)」は約400年もの歴史をもつ、堺市石津川沿いの毛穴、津久野地域で発展した伝統産業だ。角野晒染株式会社(以下、角野晒染)は、和晒と染めの技術を約100年にわたり継承しながら、和晒でつくられた手ぬぐいに新たな息吹を吹き込むことで、伝統的な文化を現代の暮らしに昇華させている。
生地を染めるために欠かせない仕事
私たちの身の回りにある綿生地は、天然繊維である木綿を加工した糸を機械で織って作る。糸だけでは強度が不足して生地を織るときにブツブツと切れてしまうため、糸に糊をつけて強度を上げる必要がある。ただ、その糊と木綿に元々含まれている天然の油分が水をはじいてしまうため、そのままでは生地を染めることができない。そこで、それらの糊や油分のほか、不純物など余分な成分を取り除いて真っ白な状態にすることを「晒(さらし)」というのだ。
現代では、洋晒(ようざらし)と呼ばれる加工方法が主流で、そのほとんどが大規模な工場で行われる。機械に通された生地に圧力をかけて蒸気や薬剤を浸透させ、表面の毛羽(けば)を焼いて短時間で仕上げる洋晒の生地は、、ツルツルとした手触りが特徴だ。一方、角野晒染が得意とするのは和晒と呼ばれる加工方法。和晒では、水がはられた大きな釜に生地を並べ、水流と蒸気、薬剤によって生地をゆっくりじっくり炊きあげる。1時間で仕上げる洋晒に対し、和晒には約4日という時間がかかるという。「毛羽を焼かずに残しているので、木綿本来の風合いを損なわずに仕上げることができます」と、角野社長。日頃私たちが身につけている服一着にも、さまざまな職人のこだわりが詰まっている。話を聞きながら、思わず着ている服の表面を触ってしまったのは私だけではないだろう。
また、角野晒染では晒しだけでなく生地の染色も事業の柱の一つ。ロール捺染機(なっせんき)という機械を使った染め加工や、数年前からはシルクスクリーンでのプリント加工にも力をいれており、手ぬぐいや浴衣など、自社製品の販売も行っている。なんと、ロール捺染機は、角野晒染を含めて全国で数社しか稼働させていない貴重な設備。約100年続く老舗企業である一面を感じるエピソードだ。
「これしかできません」と言わない
実際に工場を案内してもらうと、和晒の加工現場が早速目に飛び込んでくる。加工前と加工後の色を見ればその違いは歴然。4日間もの時間をかけて炊かれているだけあって、釜から出された生地は本当に真っ白だ。
次に目に飛び込んできたのは、染色に使うロール捺染機。まるでジブリ作品に出てくる機械のような空気感を醸し出しており、その趣から会社とともに歩んできた長い歴史を感じる。ロール状の金型に図柄が彫刻されていて、彫刻された場所以外の余分な染料を大きな刃でこそぎ落すことで、図柄が生地にプリントされるという仕組みだ。「綺麗に染めるためには、実はこの刃が重要なんです。染料をこそぎ落とす作業は機械で自動化されていますが、その刃を研ぐためには職人技が欠かせません」と、角野社長。染めの作業に刃を研ぐ技術が要になるというのは意外だった。
熟練の職人技について語るその隣で、最新のシルクスクリーン機が一定のリズムを刻みながら、真っ白な生地に模様を描いている。その様を横目に角野社長は「伝統産業の業界って、お客さんからの要求に『出来るわけない』の一言で済まそうとする傾向があると思うんです。僕たちは『これしかできません』と言わず、お客さんとコミュニケーションしながらものづくりをしたいと思っています」と話す。全てを工業化することが難しい伝統産業の世界では、ある専門的な技術に特化してものづくりをしている企業も多い。しかし、角野晒染はお客さんの要望に向き合うことで、新たな考え方や技術もとり入れていく姿勢のようだ。
古きと新しきのかけ算で、伝統産業を未来へ繋ぐ
角野社長の想いを形にするため、ともに汗をかいて活動してきた一人が南村さんだ。地元の同級生という間柄でもある南村さんは、前職の経験を活かして営業を担当するほか、新規事業を角野社長と考えることもあるという。
「和晒をどうやって後世につないでいくか、まだ見ぬヒット商品をどうやって生み出すか。そんなことを常に考えています」
会社にかける熱意は、角野社長にも負けずとも劣らない。
角野晒染のギャラリーには、手ぬぐいや浴衣など、どこか懐かしさを感じる商品がずらりと並ぶ。その一方で、シャツやパンツなどの現代的なアパレルや商品も陳列されており、古きと新しきが入り混じった心地よい空間を演出している。その理由を聞いてみると、「このままじゃおもんないなって思ったんです」と、角野社長。大学卒業後から3年間勤めた会社を辞め、27歳で家業である角野晒染に戻って来た時、率直にそう感じたという。晒染の現場で5年間経験を積んだ後、会社の代表となった角野社長は、仕事内容に目新しさや面白みが少ないことが原因で、同年代の働き手がすぐに辞めてしまうことに頭を悩ませていた。そこで、会社のメンバーで何か面白いことをやろうと始めた取り組みの一つが、この自社ブランド事業だという。
他にも、角野晒染では2021年3月に染め物体験ができる工房もオープンした。
「一番最初のお客さんは、女子大学生2人組でした。初めてのお客さんにどう接して良いか分からず、タジタジしていましたね」と、角野社長が思い出の笑い話を振り返る。
初めこそお客さんが少なかった工房も続けること3年、口コミやリピーターが増え、今では海外からの団体客も受け入れるまでになった。「お客さんが喜んでくれていることを実感できる瞬間が何より嬉しいです」と、角野社長はにこやかに話す。
新たな取り組みにも力を入れる一方で、彼らは伝統産業としての誇りと、その産業を育んできた地域への眼差しも忘れない。
「受け継がれてきた当たり前の作業にきちんと向き合う。そして、この産業を育ててくれたこの地域とともに会社を育てていく。地域あっての産業だからこそ、そこにプライドを持つことがやはり一番大事です」
そう語る角野社長の言葉には、革新的でありながら伝統産業たる所以を誰よりも大事にする意志がはっきりと宿っていた。